2023.03.31

レポート

「DESIGN WEEK KYOTO 2023 in 丹波・京都・山城」ツアーレポ part 3

3日にわたり開催された「オープンサイト・ラーニングツアー」もいよいよ最終日!この日は丹波エリアをぐるっと巡る内容です。

亀岡駅を出発したバスは、まず請田神社の対岸へ。亀岡出身のコーディネーターから地元の歴史についてレクチャーを受けました。

保津川は鍬(くわ)によって開削されたという話や、子どもの頃は山を越えて行く京都が憧れの場所だったという話など、ツアーのプロローグのような内容に参加者はふむふむと耳を傾けます。

ランチには亀岡牛をいただけるなど、本日のツアーも充実の予感。バスに戻り、早速ひとつめのオープンサイトへと移動です。

  • 2月18日(土)ラーニングツアー概要

    ・請田神社対岸・トロッコ亀岡駅
    ・古一漆工
    ・南桑営農組合
    ・ユ・メ・ミファクトリー

「古一漆工」Japanese lacquer、本物が持つ艶めきを

『古一漆工』代表・下岡 一人(かずと)さん

古来から神社仏閣を彩り、仏壇にも用いられてきた漆。京都府亀岡市の『古一漆工(こいちしっこう)』は、仏壇や仏具の新調、社寺建築の漆塗りを手がける塗師屋(ぬしや)です。

代表の下岡 一人(かずと)さんは、18歳でこの世界に飛び込み現在まで漆一筋の人物。2021年に、宇治から現在の亀岡の地へと工房を移しました。

そもそも漆とは、木の幹から採取した樹液のことです。英語でJapanese lacquerと呼ばれるものの、国産品は全体の2%にすぎず、年間約40万トンが中国から輸入されていると下岡さんは教えてくれます。

「漆塗りって、免許がないんですよ」

スパッと言い切る下岡さん。漆を塗る前の布貼りに使われる接着剤も、木工接着剤だったり、糊(のり)漆だったりと手法によって異なるそうです。

また、漆は気候条件や進捗状況にあわせ塗りやすいように調合されます。早く乾いてしまうと縮みと呼ばれるシワができ、遅いと垂れてしまうからです。空気中の水分から酸素を取り込み、酸化することで個体へと変化する漆は“生き続ける塗料”なのだと下岡さんは語ります。

「昔は台所にあるもん何でも使っていいよって、漆の調合にお醤油入れたともいわれてるんですよ。ね、免許って存在し得ない世界でしょう?」

職人の手で静かに調合される漆

語り口は軽妙だけど、実はさっきからものすごいことをおっしゃっているのでは…と感じ始めた頃、案内された部屋では朱色の漆が静かに塗り重ねられているところでした。

静かに静かに、少しずつ…。すーっと伸ばされる朱色の美しいこと。作業にあたるのは、山形から移住され6年目になるという職人さんです。一人前になるためには最低でも10年の年月が必要。春夏秋冬を10回繰り返し、各工程の作業が仕上がりに及ぼす影響を肌身で感じなくてはならないといいます。

「自分たちに特別な技術があるとは思いません。あくまでも求められるものを作ろうとしているだけ。技術はその後からついてくる。免許がない代わりに、実績がものをいう世界なんです」

近年求人募集をしたところ、若者を中心に10数名から応募があり驚いたという下岡さん。職人というと熟練者をイメージしがちですが、年齢を重ねると視力の低下が仕事上のネックとなるそうです。そのため、現場では若手職人の存在が求められます。

「あとは気力と体力ですね。漆は生地作りや下地塗りなど、完成までおよそ8工程を要します。それであかんってなったとき、一からやり直すには気力と体力が必要ですから」

社寺からの依頼を受け、全国各地へと足を運ぶ『古一漆工』。ハレの日に深くかかわる仕事である一方、業界全体の需要は減りつつあるのが現状です。漆をはじめとする伝統工芸の素晴らしさを知ってほしいと、『古一塗工』では体験教室の開催が予定されています。

体験教室のひとつ、天井画アート

体験教室では、天井画アートや彫金、木彫りなどその道に精通する職人さんに質問しながら作品を制作できます。職人と対話しながら本物を見る目も養えるそうです。

「仕事でつらいと感じることはなんですか?」という参加者の問いに対し、ほんの一瞬考えこんだあと「仕事がないのがつらいな」と静かに笑った下岡さん。

「作業がしんどいのはしゃあないし、失敗したら失敗したでやり直せばいい。けど、仕事がないのは、つらいな。僕らを呼んでくれるお寺さんは、お金を出す立場なのによう来てくれはったって言うてくれる。僕らはきれいにするのが当たり前なのに、きれいにしてくれてありがとうって言うてくれるんです。その気持ちに感動することが多かったですね。だからこそ、ここまで続けてこられた」

モノや情報が右から左へと駆け抜ける昨今、伝統工芸として、生きた塗料としての価値を有する漆塗り。本物を知ることが本来の価値に気付くきっかけになるのかもしれない…。下岡さんの言葉に、漆の魅力を再認識したひと時でした。

漆の世界観に圧倒された参加者たちは、バスに揺られレストラン『牛楽』へ。亀岡牛ハンバーグに舌鼓を打ったあと、美味しい牛さんと対面できる場所へと足を運んだのでした。

古一漆工

「南桑営農組合」次へと繋ぐ命が育まれる場所

「なんだなんだなんだ」「何か知らない人きた」「ごはん?ねぇごはん?」

むはむはっと熱い鼻息を浴びせてくれる子牛たちは生後約10カ月。『南桑(なんそう)営農組合』の牛たちは、30カ月以上の月日をかけ美味しい亀岡牛へと育ちます。子牛は北海道や鹿児島から買い付けるそう。この日も夕方6時頃に北海道から子牛がやってくると、西川 貴大さんが教えてくれました。

『南桑営農組合』西川 貴大さん

亀岡における牛の歴史は古く、かつては農耕用として1家に1頭は牛が飼育されていたといいます。自然豊かな土地で育つ牛の味はかつてから定評があり、「亀岡牛」ブランドは昭和61年のイベントで好評を得たことをきっかけに確立されました。

ランチをいただいた『牛楽』を運営する『木曽精肉店』、亀岡牛ブランド確立の立役者

西川さんのこだわりは、子牛から成牛まで一環して高カロリーな餌を与えること。時期や内容は、牛の育ち方にあわせて調整するといいます。牛の足元にはふかふかのおがくずを敷き詰めるなど、生育環境への配慮も欠かしません。牛の体重が足腰に与える負担を考えてのことです。

食べて寝るのがお仕事よ

ある程度育った牛は、1区画4×8mの余裕のあるスペースへと移されます。亀岡の夏と冬の寒暖差はおよそ35℃。夏の暑さ、冬の寒さを乗り越えることで亀岡牛のしっとりとした肉質が生まれるそうです。

「家族みたいなもんなんで、やっぱり愛情がうつりますよ」

と笑う西川さん。出かけた先でもつい牛が気になり、すぐに帰りたくなってしまうといいます。飼料にも気を配り、牛用の塩を与えるほか藁を食べさせることも、米栽培を手がける西川さんならではのこだわりです。

現在『南桑営農組合』で育つ牛は約300頭。米栽培も酪農もうまく循環させるには、今の規模がちょうどよいと西川さんは語ります。食べる人の「美味しい」という言葉が励みだという西川さんは『牛楽』に勤務することもあるそう。屠殺場にも足を運ぶなど、牛が育ち人の口に運ばれるまでのすべてを見届ける生産者です。

「10回のうち1回いいことがあればいいかなって。9回しんどいことがあっても、美味しかったわって1回言ってもらえれば、ほな次もってがんばれるかなと思ってやってます。屠殺がかわいそうじゃないとは言い切れない。けど、食べてもらって命を次へ繋ぐことが、この子らの価値やから」

「すきじゃないとできへんのでね」という西川さんの言葉と、牛の可愛らしさがとても印象的だった『南桑営農組合』。ありがとうね。さっきいただいたハンバーグもめちゃくちゃ美味しかったよ。

漆から酪農という幅の広さに心揺さぶられるツアー3日目。最終スポット『ユ・メ・ミファクトリー』も、想像を超えるスケール感に満ちた場所なのでした。

「ユ・メ・ミ ファクトリー」夢のカタチは限りなく

『ユ・メ・ミ ファクトリー』が制作するのは、亀岡市西別院町に広がる『英国村』です。「英国村って?」「京都でイギリスってどういうこと?」という考えは一切無用。道沿いに突如現れたユニオンジャックの先には、まごうことなきイギリスの田園風景が広がっていました。

『ユ・メ・ミ ファクトリー』代表であり建築家のMORRIS(モーリス)さん

13年の月日をかけ『英国村』を作り続ける『ユ・メ・ミ ファクトリー』代表のモーリスさん。パブやレストラン、ホテルにチャペルまで併設する『英国村』は、実はまだ構想の途中段階。モーリスさんによると全体の3分の2ほどが完成した状態だといいます。

『ユ・メ・ミ ファクトリー』では、ヨーロピアン住宅の制作かつトータルプロデュースも手がけています。お客様の手元に渡った住宅は、お客様のもとで育っていく。それならば、自分たちの手でイメージに合った空間を育てたいという思いから『英国村』がスタートしたそうです。

英国村がイメージするのは、イングランドのコッツウォルズ地方の古きなつかしき街並み。アンティークショップには、イギリス風のジンジャークッキーやイギリスから仕入れる紅茶、雑貨が所狭しと並びます。

棚の上ではきれいな三毛さんがお出迎え

アリアが流れるレストランを抜けた先には、イギリスの小さな村バイブリーをモチーフにした宿泊エリアが広がります。建物は羊飼いの小屋をイメージして作られたそうです。

こちらで迎えてくれたのはソフィ

こっちよ~と言われるままについていくとそこで待っていたのは

お酒がいただけるパブ!

5棟のホテルのうち、3棟はイギリスのアンティーク、2棟はフランスのアンティークで彩られています。おひとりで作られたと伺いましたが…という問いに「そうですね。もちろんお手伝いはしてもらいますけど、ふふふ」と紳士的にほほ笑むモーリスさん。

「でもここまで来るのに13年もかかってしまいましたからね、次の村はもう少し賢くやろうかなと思っています」

え、つ、次???

その場にいた誰もが思わず聞き返した次の構想。なんとモーリスさん、すでに京丹波で『イタリア村』の工事に着手しているのだとか。目の前に広がる『英国村』とモーリスさんの夢のスケール感に、あちこちから感嘆の声が聞こえます。

ホテルの先にはツタの絡まる小さなチャペルも。6月20日から7月10日ごろまでは蛍が飛び交い、その時期にあわせて宿泊される方も多いそうです。

お庭を見下ろすカウンターでアフタヌーンティー。目に映るすべてが可愛いらしくてため息。

アフタヌーンティーをご一緒した学生さんは、自分の学びたいことに『英国村』が繋がっていると、ツアー詳細を見た瞬間に参加を決めたそう。

やっぱりDWKツアーって、こういう対話が楽しい。多くの物事に直感的にアクセスできる現代社会。それでも、同じ空間のなか、目を合わせて話すことでしか得られない人間的な何かを毎回強く実感します。

「最終的には、イギリスに村を作るのが私の夢です。イギリスにも古い街をテーマにした喫茶店はあるんですが、本格的じゃないんですよ。イギリス人がすごいと言ってくれれば、やった!という感じになりますので」

ダメもとでと言いながら、しっかりとした夢の輪郭を教えてくれたモーリスさん。人の創造性、夢のカタチには限りがないのだと、いつの間にか自分の中に作っていたハードルに気付かされる思いです。

小さな雨粒が落ちる中、手を振るモーリスさんに見送られバスは亀岡駅へ。「自分も好きなことを極めようと思った」「将来を後押ししてくれるきっかけのような1日になった」「クッション役になってくれるコーディネーターの存在って、やっぱり大きいですね」など、車内は1日の感想と参加者の笑顔で満ちていたのでした。

ユ・メ・ミ ファクトリー

「DESIGN WEEK KYOTO 2023 in 丹波・京都・山城」ツアー参加に寄せて

伝統、文化、工芸。あるいはテクノロジーや自然の循環。どれも日常とは少し離れた場所にあるようで、ふと目をやると実はとても身近な存在であることに気付かされます。

DWKは、京都の伝統や文化、テクノロジーや自然に触れられる場所。なにより、京都で活躍する方、参加者との対話のなかで新たな気付きが得られる場所です。

海外からの参加者もいた今回のツアーは、コーディネーターの存在をより頼もしく感じるとともに、2025大阪・関西万博への流れを垣間見た思いでした。

訪問させていただいたオープンサイトの皆さん、お世話になったコーディネーターの方々、企画運営に携わられたすべての方々に感謝します。

ツアー終了後はオープンサイトでもある亀岡の酒蔵に走り、四合瓶と酒粕1kgを担いで帰宅した永田でした…また、次回!

執筆:永田 志帆

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